優しい人は恋愛できるし、結婚も長続きする可能性は十分にあります。
しかし
「優しいだけだよねぇ」
とまあ、よく聞くフレーズだと思いますがいかがでしょうか。
今日は優しいだけの男と呼ばれる正体のお話。
【優しいではなく臆病である】

多くの優しい生き物
長く付き合えば優しいより優れた性質はないと言っても過言じゃございません。
でも若いときは特に「優しい」が一見「恋愛にとって不利な性質」のような感じで歪曲されます。
答えは表題の通りだけどこの「優しい人」というのは、言葉を選んで発信されている言葉だと気づかないから発展しません。
言い換えれば「臆病」
責任が常に他責。
人の言いなり。
反抗しない。
弱い。
これらを総称して「優しい」で片付けているに過ぎません。
または、興味がわかないのだよ。残念だけどね。
「デブ」を「恰幅のよい人」と呼んでいるのと似たような類いである場合が多いのだ。
町のブサメンなヤンキーに女がいるわけ
「おう、おれ町のブサメンヤンキーだけど女がいねーぞ」という方。お察しします。
研究的には「怪しげな男のほうが魅力的に見える」のような話しは聞いたことがあるだろうか。
それも研究的にはあっているとも思うし、肌感でもそれは感じている。
しかし、決定的に違うのは「行動力」です。
僕も含めて若い頃「なんの躊躇もなく」女性に声をかけまくりです。
相手の状況?知ったこっちゃありません。
今考えればタイパが悪いのだけど、やり方がわからなくても数打ちまくりだったわけです。
「やりたいから」ね。
つまり【バカ】だったわけですよ。
優しさなんてのは、付き合っていく過程で生まれるものであって、付き合いはじめは自己責任なんだ。
相手の時間を奪うわけだからな。
車の営業とかと一緒です。
車屋にちょっと見に行くけど、営業がまとわりついて「うざい」って思ったことあるかな。
ただ、高価な買い物です。
ほしかったら声かけて、と言われて相手にもされないと多くの人は不満に思うのではないだろうか。特に日本では。
家ならもっと思うのではないでしょうか。
欲しかったらそこに契約書あるから勝手に約款読んでサインしておいて。
僕の女性に話しかける行為はこれに似ています。
「優良物件ありまっせ?」という感じで、なんとも思っていないのですよ。
実際欠陥住宅かどうかは暮らしてみないと全てを把握することは難しいわけです。
でもお勧めしないと給料にならないからあの手この手で営業するのだ。
【優しいは最大の武器だが嫌われる】

本当の優しいは嫌われる
嫌われたくないなら臆病であるか、自身に嫌われるとデメリットが存在するから。
例えば我が家の元嫁。
結婚前は恐らく銀河系一のヤリマン。
子が出来て皆が喜びそうな行為。
「モラハラ」で数年抑えて、子にとっては幸せな環境が作られたわけだ。
こちらもいい加減な性格である。正直モラルを維持させるために、勉強して抑えるなど面倒なのだ。
しかし本人には凄まじい嫌悪を最終的には持たれたが、行動だけを加味すると
・バイトを許された
・不自由だね。頑張っているねという無責任な応援が心を動かした。
・浮気を始めた。
・子を捨てた。
・現在子どもを取り戻そうと裁判費用を親に出してもらい奮闘。
元嫁は銀河系一のヤリマンではあったが、子どもは大切にしていた。
しかし、みんな大好き「モラハラ」を解除した瞬間一番大切な子どもを捨ててまで、他人棒を求める結果となる。
「嫌われても子が傷つかないためには正論をかざし、抑える」
これが僕の優しさです。
「モラハラ」と聞くと火に油を注ぐように非難するバカが大勢いることも承知しているが、銀河系一のヤリマンを抑えるには、強引にやらないと生まれてしまった子は傷つくのだよ。
つまり他人が持っているモノサシなどどうでもよく、本来は各家庭にそのようなことがあっても問題はなかったはずなのだが、優しさの定義が勝手に人によって作られている。
そういうものなのだ。
嫌われることへの極度の不安
そもそもあれこれしてあげなければ嫌われるなら付き合う必要がないのだよ。
困っていれば助けるけど、困っていないのに「分担」とかちょっとでも「楽をしようとしている行為を正当化してあげて助ける」これは優しさではない。
昨今これが多く存在し、これを乗り越えると成婚に繋がる風潮があるような気がする。
老後は別だぞ?互いに暇ならやれば良い。
しかし嫌われたら全てが終わると思っている人がいて毎日二の足踏んで前に進めない男も多いだろうが、単純にそんな性格が悪く、欲望に際限がない人から嫌われてもなんの損があるのだろうか。
車を買ってくれた人が、後に車検を出してくれた際に、踏み倒そうとしたお客さんがいた。
実家に乗り込んで、売れそうなものを全て持っていき、換金しようとした時に言われたよ。
「元々お客さんだったのにそこまでするか」
当然嫌われたが、こちらからしたら費用を踏み倒された格好悪いレッテルを会社に貼られるほうが損なのだ。そんな客など地獄に落ちてもらって一向に構わんとすら思い、余裕でぶったぎれるのだ。
妻も恋人も友達も同じ。
少しでも自身のワガママが通らなかったら別れるくらいの間柄なら捨ててしまえば良いのだよ。
【本気で人を助けている人モテています】

優しさは女性以外で行動する
これが簡単であり、日本でも使えると考えている。
ボランティアでも良いし、募金でもよい。
でも人を助ける団体に所属するとなかなかモテる場合が多いのだよ。
なんならそこで出会いに繋がることだってある。
優しいな!俺。と、思うなら迷わずボランティアだ。
それが出来ないなら「優しくない」のだよ。
“優しい俺”の勘違いから我に返るべきである。
少ないけど、児童相談所の横暴に対して活動をしている団体に僕は数万寄付している。
年会費は2000円。あとは寄付だけど、存続して欲しいって気持ちと1人でも多く、理不尽に子を奪われた人のために寄付している。
でも、実際子を奪われても寄付している人は少ない。「だから子どもが返ってこないんだよ」って半分は思っている。
世の中の人は、口ではなんとでも言えるけど結局「やらない」が正論です。
やらないのに被害を訴えるやつがほとんどなのに、他人を批評したりします。
それでも“優しい俺”が大事な理由

ここまで読んでいる方は気付きましたか。
それとも「あ~俺は優しいじゃなくて臆病だっただけなのか」ですかね?
ボランティアは偽善……厨ニ病を患ってきましたか?
多分偏差値60以上くらいある人は、もう答えが出ている可能性もあるのですが「優しい」は稀有な存在であることを理解できませんか。
僕が無料で様々な恋愛の悩みを一つの問題として解決策、もしくはヒントとなるサイトを立ち上げておるのも「誰かのためになるかもしれない」で運営を続けています。
ボランティアをというか商売としては赤字です。
自分の出せる費用の中で趣味を行っているだけなんですね。
僕と同じように赤字をきってボランティアをする必要はないのだが「優しい」は簡単にできるのに、みなやらない行為なんですよ。
流行りの髪型をすると確かに自分が前に進んだ気がする。
それは間違いありません。
でも同じような「流行りの髪型」をしている人はごまんとおります。
でも本当に「優しい」って人は稀有ですから、誰かを助ける行動を率先してやれば「本当に優しい人」になるわけです。
自分の「優しい」をプロデュースするのも簡単。
「俺、ボランティアやってんだーすごくね?」じゃだめだろ。しかし「まだまだ人が足らないんだ。良かったら一緒にどう?」って勧誘すれば、勝手に宣伝されるじゃないですか。
本当に優しい。
なにもなければ全員目指せば良いのになって思っているくらいだよ。
【あとがき】
本当に困っている人を助ける。
凄くよいことである。
政治のボランティアとか、聖教新聞を配るとかじゃだめだ。
農業の跡取りがいない問題もだめ。
つまりお金じゃないボランティアが良い。
僕も他称「虐待親」を助ける団体に寄付しているけど、見返りなどない。
(なんかお世話になったとかで食い物をくれた人はいたが)
「優しい男」が悪口になるんであれば、それが本当に「優しい」を極めれば自身の人生観も少しずつ変わると信じて是非「優しい」を極めてもらえれば幸い。今日からスマホでボランティア団体を検索するのも「そんなものなのかぁ」って単なる雑記として保存するかはあなた次第です。
今日は本当の「優しい」というお話でした。
凛1129



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